剱岳 チンネ左稜線

参加メンバー:仙人,幻舞

行動計画

2008年 8月12日 扇沢(トロリーバス)→黒部ダム→内蔵助平→ハシゴ谷乗越→二股(泊)
     13日 二股→三の窓雪渓→三の窓→チンネ左稜線登攀→池谷ガリー→三の窓(泊)
     14日 三の窓→池谷ガリー→北方稜線→剱岳→雷鳥坂→室堂→アルペンルートで扇沢へ
8月12日(快晴)


扇沢の駐車場には前夜着。到着が早かったのと、アルペンルートが夏ダイヤ切り替え直前だったのとで、駅に近い舗装された無料駐車場に止めることができた。

 7:30発のトロリーバスで黒部ダムへ。ここでちょっとうんちくを。

 黒部ダムは「黒四ダム」と呼称されたり、書かれたりすることが多いため、ほとんどの人は「黒部第四ダム」というのが正式名称だと思っているようだが、「黒部第四ダム」とうものは存在しない。

 黒部ダムは、「黒部川第四発電所」の発電に使用する水を貯めるためのダムであるため、仮称として黒四ダムと呼ばれていた時期もあったらしいが、ダムの正式名称は「黒部ダム」である。

 ちなみに、下流の「高熱隧道」で有名な仙人ダムが「黒部第三発電所」用の貯水ダムで、第四発電所は仙人ダムのすぐ近くにある。

 興味のある方は、関西電力の「黒部ルート見学会」に申し込み、抽選に当たれば黒部ダムから欅平まで、普段一般の人は立ち入りできない発電所の設備やルートが見学できる。

 
   
 剱岳登山にアルペンルートは欠かせない交通手段だが、いかんせん交通費が高い!おまけにザックは別料金。今回はトロリーバスだけだが、室堂まで行こうとすると、手荷物料金をトロリーバスと、それ以降と別々に払わなくてはならない。金額はともかく、せめていっぺんに払えるようにはして欲しい。

 トロリーバスを降り、ダム見物の観光客と別れて登山道出口へ向かう。まだ下廊下は開通していないので、我々以外に登山者の姿はない。

 ここで改めて登山靴のヒモを締め直し、テン泊装備とクライミングギアでパンパンのザックを背負い、今夏の山行の事実上の開始となる。

 黒部川まで降りて、水で濡れて滑りやすい木製の一本橋で川を渡って対岸へ。
  
   
   
 
 内蔵助谷出合いまでは比較的歩きやすい登山道で、黒部川の流れを眺めながら快適なトレッキングが続くが、内蔵助谷出合いから内蔵助谷へ入った頃からがぜん歩きにくくなる。 

     

 人気ルートの下廊下と違い、内蔵助谷から剱岳方面へ入る登山者は少ないようで(よほど物好きでなければ、一度このルートを歩いたら、もう一度歩こうとは思わないだろう)登山道はあまり整備されている様子はなく、登山道に背の高い草が覆い被さっていたりしてとにかく歩きにくい。あげくに、ザックにつけたピッケルが時々枝に引っかかってイライラする。

 10:50に内蔵助平に到着して大休止。湧き水で喉を潤す。ここから先も、大きな石がゴロゴロしている涸れ沢歩きと、とどめがハシゴ谷乗越の峠越え!

 重い腰を上げ、大岩ゴロゴロの涸れ沢を岩を乗り越えながら歩いて、ハシゴ谷乗越の登りに取りかかる。単調な登りがひたすら続き、「忍」の一字で耐えるのみ。

 やっと乗越に到達。振り向くと内蔵助平がその名の通り「平ら」だということがよくわかる。そして目の前には剱岳。

 今度は、せっかく稼いだ高度をあっさり放棄して剱沢まで一気に下る。山歩きで何が辛いかと言って、せっかく登ったピークから鞍部に降りて、また次のピークに登り返すほど辛いことはない。今回は、登り返しは明日になるのでまだ気持ちは楽だが・・・・

 
内蔵助平 上から見ると本当に「平ら」って感じがする。 剱岳 


 剱沢まで下り、剱沢を下流に向かって歩き二股を目指す。途中、立派な吊り橋があったりして驚かされる。

 本日のテン場は二股の予定。本当は指定地以外テント設営は禁止なのでルール違反だが、近くに指定地がないのでやむを得ない。撤収の時に極力現状復帰するということで大目に見てもらうしかない。

 日も傾きだし、登山者の姿も途絶えたところでテントを設営。いくら言い訳してもルール違反には変わりないし、他の登山者の目に触れるうちにテントを張るのは気が引ける。

 三の窓雪渓の雪解け水で水が豊富なのが助かる。明るいうちに明日のルートを確認し、明日の好天を期待しつつ就寝。 

     


8月13日

2:30起床、3:30行動開始。星が綺麗に見えており、天気の心配はなさそうだ。三の窓まで約3時間の登りの開始。ヘッデンの明かりを頼りに雪渓を登るが、途中雪が切れたところでルートに迷う。

迷うと言っても、進むべき方向がわからなくなったのではなく、効率よく進めそうなルートがわからなくなっただけだが、三の窓までの長い登りを考えれば、少しでも楽なルートから登りたいのが人情だ。





 再び雪渓に出たところでやっと薄明るくなってきた。

 三の窓雪渓は、実際に登ってみると取り付きから見てイメージしたよりもだいぶ角度がある。白馬大雪渓のように軽アイゼンで登れるような雪渓ではない。

 最初は調子よく登り、うまくすれば2時間くらいで登り切れるかもなんて考えも頭をよぎったが、雪渓が急角度になるにつれ、甘い考えだったことが思い知らされた。いやはや、疲れますわ。 


 あと一息で雪渓を登り切るという所になって谷が狭まり、左右ともかなり深いクレパスになっている。こういう場所は経験豊富な仙人がルートを確認し、幻舞は忠実に仙人のトレースを辿る。

 三の窓のテン場スペースにはテントが3張り。テン場は、まるで誰かが管理しているかのごとく整地されていて、人気の高さが伺える。15張りくらいは無理なく張れそうだ。 
 
 到着早々にテントを設営し、いよいよ今回のメインイベント「チンネ左稜線」の登攀に向かう。

 ザックは2人で一つにして、雨具,水など必要最低限を持って行く。登攀時は、トップは空身でザックはセカンドが背負う。

 左稜線の取り付きを探すが、ガイドブックにある「ハーケンがベタ打ちされ」たところが見当たらない。先行パーティがすでに登攀を開始しているが、トポで見ると左稜線よりも右側(三の窓側)のルート(左下カンテ?)に取り付いているように見えたため、我々はさらに八つ峰側へ。しかし、いくら探してもそれらしい取り付きが見つからない。

 変なところから取り付いて、途中で行き詰まってしまっても困るので、2人で相談の結果、確実なところで先行パーティと同じルートを登ることにし、先行パーティが取り付いたところまで戻って見ると、なんのことはない、ここが左稜線の取り付きだった。
 残雪が多く、ガイドブックにある1ピッチ目が雪に埋まり、2ピッチ目のテラスが取り付きになっていたために間違えたようだ。

 取り付きのテラスで登山靴をクライミングシューズに履き替え、仙人リードでクライミング開始。今回は、60mのシングルロープなので、トポのピッチは無視して、ロープの流れに問題ない範囲で伸ばせるだけ伸ばしてピッチを区切ることにした。

 各ピッチとも、核心の小ハングまではグレードはせいぜいW−程度だし、ルートも登りやすそうな所を適当に登ればいいので、ちょっと拍子抜けするほど簡単に登れる。

 幻舞のリードピッチで、なめてかかってロープの流れを考えずにランニングを取ったため、ロープの流れが極端に悪くなり、往生する。

 まずロープを手でたぐり寄せ、ロープのたるみ分だけ先に進み、ロープが張ったらまたたぐり寄せての繰り返し。これだとロープがタルタルの状態で登っていることになるため、ほとんどロープを結んでいる意味がない。やっぱり幻舞って馬鹿だろ。


 幻舞のお馬鹿なクライミングはともかく、辺りを見回せば素晴らしい景色が堪能できる。この素晴らしい景色や、足元スッパリのゾクゾクするような高度感もクライミングの大きな楽しみだ。 

     


 さて、いよいよ左稜線の核心「小ハング」だ。トポではX級となっているが、見た感じではトポのグレード以上に手強そうにみえる。しかし、仙人は見た目ほど難しくないことを見抜いて、リードの判断を幻舞に一任。

 幻舞はしばし考えていたが、仙人の「いざとなったらA0すればいいよ。フリークライミングじゃないんだから、無理にフリーにこだわることはないよ」とのアドバイスがあり、幻舞がリードすることになった。

 まるでナイフの刃のように尖ったリッジを登る。うっかりすると手を切りそうなくらい尖っているが、ホールド,スタンスともバッチリ効いて、空身ということもあり、見た目とは裏腹に全く不安なく登攀できて、ここまでは快適そのもの。

 頭をハングに押さえられたところで左に出て、いよいよ核心部。少しでも不安を感じたら無理せずA0とお助けロープと思っていたが、ここもガッチリ効くホールドがあり、緊張はするものの、不安を感じるようなレベルではなく、気持ちよくフリーでクリア。

 
   ハングを越えてしまえば後は簡単、幻舞の体感でV+くらい。このピッチで幻舞はハリキリすぎて膝が終わってしまい、後のピッチは全ピッチ仙人がリード。

 この頃からガスがかかりだし、ラスト2ピッチは雨粒もポツポツと落ちてきた。今のところは岩を濡らすほどの降りではないので問題ないが、これ以上雨脚が強くならないように願うのみ。
 
   終了点では、ガスで景色も見えないし、雨が酷くなっても困るのでさっさと下降。懸垂3ピッチで池谷ガリーへ。濃いガスの中、三の窓のテントを目指してガラガラの池谷ガリーを下るが、とにかく足元が不安定で怖い。ちょっと油断すると、足元の岩がガラガラ崩れていく。

 途中から進行方向右側の岩壁を伝って進み、三の窓の草付きに足が届いてやっと安心できた。

 
 
   
 さて、気になるのは明日の天気。

 山行前の予報では、明日の天気はあまり思わしくなかったが、晴れとまでは行かなくても、剱本峰が何とか見える程度であって欲しい。
 



8月14日 濃霧 → 雨 → 雷雨

 本日は下山日。天気の希望は叶わず、朝から濃いガスで視界不良。ルートは、北方稜線から剱本峰を経て、別山尾根〜雷鳥坂〜室堂でアルペンルートで扇沢の予定。

 幻舞は初めて、仙人も久しぶりの北方稜線だったので、できれば景色を見ながら歩きたかったが、チンネ左稜線で最高のコンディションでのクライミングを楽しめたし、これ以上は贅沢すぎるというもの。濃いガスの稜線歩きもおつなものなんて負け惜しみを言いつつ、明るくなるのを待って5:30頃に出発。

 天気が悪かったため、デジカメを濡らして壊してしまうことを警戒し、写真は諦めてデジカメはザックの中。

 昨日怖い思いをして下った池谷ガリーを登り返す。登りのほうが多少は楽だが、やはり怖い。ひやひやしながら2/3くらい登ったところで上から「ラク」の叫び声とともにガラガラという落石の大きな音が!

 仙人が素早く大岩の陰に隠れ、仙人に習って幻舞が隠れる。幸い、落石は3m横を通り過ぎていったが、もし直撃されていたら無事では済まなかったろう。

 結局、池谷ガリーを登り切るまでに複数のパーティとすれ違ったが、どのパーティもチンネ登攀が目的のようで、みな一様に「この天候では望み薄ですね」とあきらめ顔。みなベースは長治郎谷の熊岩で、昨夜は10張り以上のテントがあったそうだ。

 しかし、この天気では今日の登攀は無理なので、一日停滞して明日に期待するしかなさそうだが、予報は芳しくないらしい。実際、翌日(15日)の室堂ライブカメラは濃いガスと雨だった。

 池谷ガリーを登り切り、ペイントマークのあるルンゼを登るとハイマツの中にクッキリと踏み跡のあるピークにでる。

 踏み跡をたどって岩峰を越えると、かなりしっかりと整地されたビバークサイトというか、テン場がある。ここまでは全く問題なかったが、ここから予想外のルートロスト。

 踏み跡をたどるものの、岩壁に突きあたって踏み跡は消えてしまう。視界さえ良ければなんの問題もない所だが、何しろ視界は20m!コンパスで進むべき方向はわかるが、登山道があるわけではないので、こまかいルートまではわからない。

 2時間近くルートを探してウロウロしているうちに、幻舞に焦りが見え始めた。幻舞の様子を見て、焦っていることを察した仙人が、幻舞に「空身でルートを探してくるから、その間ザックを見ていてくれ」と、さりげなく幻舞を待機させてルートを探しに行く。

 結局、ルートは発見できず、仙人の判断で長治郎雪渓を下ることにして、回り込んでハイマツのピークに戻るつもりがいつの間にやら北方稜線の正しいルートを進んでいた。

 テン場からの正しいルートは、踏み跡をたどり、岩壁に突きあたったら岩壁のテラス状を進む。視界が良ければ、テラス状の途中につけられたお助けロープも見えるし、間違えようのないところなのだ。

 ルート上の懸垂下降支点を発見し、正しいルートを進んでいることに確信が持てたが、経験の浅い幻舞ばかりでなく、ベテランの仙人もルートをロストしてしまう「見えない」という状況は恐ろしい。

 懸垂下降点は、フリーでも降りられそうだったが、ルートロストの後でもあり、大事を取ってロープで下降した。

 長治郎雪渓左股の鞍部から先は、登山道レベルの道が付いており、ここまで来ればもう一安心。剣岳山頂に10時頃到着。時間も十分あるし、今日中の帰宅は心配なくなった。(と、この時は確信していた。)

 北方稜線の緊張から解放され、お気楽に登山道を歩き、剱御前小屋から雷鳥坂を半分くらい下ったあたりから雷鳴が響き、雨もだんだんと強くなってきた。

 それでも最初のうちはあまり気にしなかったが、耳をつんざくような雷鳴と、バケツをひっくり返したような豪雨になるに及んで、さすがに危機感がつのる。

 危機感はつのるが、逃げ隠れする場所はないし、さすがの仙人もお手上げ。もう運を天に任せて先に進むしかない。

 雷鳥平のキャンプ場までくると、雷鳴と雨は相変わらずだが、緊張の糸がプッツリと切れ、石段を登るのも辛くなってきた。

 ヘロヘロになりながら室堂ターミナルへ到着。扇沢までの乗車券を買いに行くと、なんと先ほどの雷でロープウェイが故障し、復旧の見通しが立たないとのアナウンス。

 立山に降りて、電車,バスを乗り継いで扇沢に戻るという手もあるが、もうすでに時間切れ。最悪、ステーションビバークするしかない。

 観光客の中には、駅員に怒鳴り込んだり、立山から扇沢までのタクシー代をよこせなどという、かなりむちゃくちゃな要求をする人もいたが、テン泊慣れしている我々は、ステーションビバークになってもテントよりはよほど快適に過ごせると涼しい顔。

 そうこうするうちに、立山側に降りて、立山から扇沢までアルペンルートの運営会社でバスをしたて、扇沢まで送るとのアナウンスがあり、一同ホッと一安心。

 料金は、室堂〜扇沢間と同額を払うものと思っていたら、なんと無料とのこと。これはラッキー!

 立山で2時間ほどのバス準備待ち。その日の運行が終了した美女平〜室堂の高原バスを回送したものらしい。バス待ちは、運行終了時間までの待ち時間だったようだ。

 立山を17:30頃出発。自家用車と違って寝ていればいいのでお気楽だ。北陸自動車道経由で扇沢到着が23時、帰宅したのは翌日の4時。最後まで楽しませてもらえた剱岳だった。



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